| ○もつべきものは先輩
上田遠征の際、計らずもM・E君がキャッチした先輩は、また良き先輩であった。 その夜―それは試合前夜であった―われわれは招待を受けた。先輩ならではの歓待、出るわ出るわに俄然気を良くした現役陣、そのファイトの前には、最後に出たビールに対する良心の呵責も、遂に屈せざるを得なかったのである。−帰宿時迫る−ホテッタ顔面をカバーせんがための涙ぐましき努力―その努力は遂に報いられたもののようである。
○慶応とカラス
試合場へのバス、それは某女子大選手との同乗であった。車中に流れる美しい女声合唱、対抗して立った我がH・M君の独唱、それはさすがにフェミニストの選んだ歌である。 "カラス 何故鳴くの、カラスは山に・・・"我々は俄然これに同調、続いて"夕焼け小焼けで日が暮れて・・・"益々好調に女性軍を迎えて"カラスの赤ちゃんなぜなくの・・・・"
完全に圧倒しきって意気揚々コートに降り立ったのだったが。
後日某嬢「慶応の人はカラスの歌しか知らないのかしら?」と云ったとか云わなかったとか・・・・
○老軟庭ファン
全日本選手権(宇治山田)でのこと、T・M君はそのスタンドに於いて、熱心に観戦していた一老人と懇々と知己になった。事は彼が、「オッサンもテニスをやってたんですか」と老人に問いかけたに始まる。
老人はスポーツマンであり、歌人である。やったことのないスポーツはレストフェンシング位であると歌に詠んだ。語り且つ詠み、詠み且つ語る。そして一首出来上がるごとに小さなノートを切って彼に手渡す。結局、手渡された歌は十数首にもなったが−ここのその一をご紹介しよう。
総裁の官の御詞胸に込め
世界に名を馳す選手となれや
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