1957年・部報第5号  

 〜卒業生の言葉〜

「卒 業」                  
      

芳賀 泰夫


 何度聞いた言葉だろう。「卒業」とその侭記せば「一定の学業を学び終える事」である。しかし私はこれ丈の意味では何か満足し難い。何故なら我々は学生の本文としての学業の他に(一般学生とは異なった)一道を余分に歩んで来たからだ。即ちそれは私にとり4年間という短期間であったが、軟式庭球部に籍を置き、微力ながら努力して来た事にある。そして更に卒業により今までの学生としての特権を奪われたとしても軟庭との心の繋がりは永遠に奪われはしない。その意味は次に述べる事柄から理解し得るものと信ずる。即ち過去4年間に蓄積された経験と思い出は実社会へ船出してもその荒波に打勝つだけの精神力と自信を僅少なりとも養い得たものと思うから。その多くは辛苦の内に蓄積されたものであり、一層その意味は大きい。これを実社会に如何に応用し役立たせていくかが今後の問題であると思う。こうした意味において学生時代に何かスポーツをすることは、その人の人生に於いてプラスする面が在るとは言え、決してマイナスになるものとは思われない。前述した「その多くは苦しみのうちに蓄積されたもの」のみではない。その中の一部は辛苦に喜悦を加言する事も出来る。即ちこれらは4年間を通じてのものであり、決して1日にして得たものではない。従ってその意味に於いても部生活の意義は大きい。

 過去のこうした意味を持つ卒業に当って4年間の部生活中特に昨夏松本市外で行われた女子合宿より得た私の感想を綴ってみる。即ち其の責任の重大さをつくづく感じたからである。時は8月18日〜22日。場所は長野県松本市外浅間温泉。参加人数は女子部員4名と近藤君と私の計6名。参加した諸嬢は「さすが」であった。と言うのは、頭脳明晰な事である。僅か5日間の合宿練習ではあったが初歩のテニスの理解の速い事。これには地元山本様のご厚意により、中田姉妹の要を得た名コーチ振り、及び地元現役選手のテニスを観ることにより、又現役、近藤君のコーチによるものであり、加えて前述せる部員の頭脳明晰によるものであった。この合宿を行うに際し、最も苦心したのは合宿をどの程度締めるか?又上田、諏訪、浅間温泉の合宿候補地中速急に候補地を決定するのにあった。幸い合宿地は岩井監督の助言どおり浅間温泉とすることが出来た。前者は何分初めての合宿であり、いわんや部創立以来始めての女子合宿とあって最も苦心した。一度体育会に1部が合宿練習をする以上そこには男女を問わず一定の規律があって当然の事、この事は前もって充分言っておいた。合宿練習を未だ経験したことの無い部員を早朝6時半に起床させる時の睡そうな顔々々。また部員を起床させるときの辛さ……。合宿メンバーの辛さは充分理解できるがもう少し規律ある合宿が出来なかったものかと後で反省はしてみたが、各人の自覚こそ大切なものであると思った。コートにたっての練習は真剣そのものであった。思うに、今後の女子合宿練習は各自が合宿練習の常道たる自覚と優れた指導者によることがその結果を大きく左右するものであると思う。優れた指導者とは其の全体を反映し、時々に応じて臨機応変な処置をとり得る者であり、更に「寝る子は育つ」とやら特にスポーツに於いては充分な睡眠が必須の根本条件と思う。少し抽象的になったが今後女子部合宿に際し僅かなりとも参考になれば6名の合宿メンバーの立つ瀬もあろう。以上は堅苦しい話になりすぎたので、次に当時の楽しかった想い出を書いてみる。

 (朝)6時半起床。思い切って障子を開け「起床」と大声で叫ぶが、実に安らかなそして何の苦労も無いといった様な美しい寝顔。日中比較的きつい練習をしている者にとっては少なくともそうみえた。顔を洗って部屋に入ると先刻は確かに目を開いていたのに、そして微かにではあるが返事もしていたのにまたまた天下泰平。そこで今度は1人1人名前を呼び始めると、怨めしそうな顔をしてジロリ……。

 (昼)午前中の練習を終え宿に帰り昼食。何処でもそうだが昼食はあまり美味しくない。これから後1時間は昼寝の時間であり、某部員の英文和訳の声が(今までの合宿を通じて始めて聞いた)心地よい子守歌となって次第に遠ざかって行く。外は真夏の太陽とせみの声。「平和」とは斯様な状態を言うのであろうか。平和は再び破れ、午後の練習となる。黄昏近き午後の練習は太陽も西に傾き、今迄とは打って変わった心地よい身に滲むほどの涼しさ、1日の内で最も練習効果の上がる時だ。何時まで練習しても飽きないが暗くなると腹が減るのと……で帰り道が遠くなる。

 (晩)風呂に飛び込み軽い気持ちで歌が出る。さっぱりしたところで腹の虫に言い聞かせ活を与えるのだがその美味しい事。女性のしとやかなことに比べて又何たる浅ましいほどの食欲だろう。食後は東京での、昨日の、そして今日の出来事に花が咲く。さすが女子の合宿とあって、特に食事に関してはそのサービス振りは家に居る時と何ら代わらない。自然食欲も出るというもの。又何と間食物の、豊富なことよ!男子の合宿とは大分の違いを感じた。それでも3日目頃からは多少欠乏したが練習の帰り道、途中の売店で家庭的食品を買ってくれるのも女子の合宿の特色!又新鮮な果物に不足していた我々に1滴の清水を与えてくれた牛山君の差入れには度々のことながら感謝した。我と思わん者は女子の合宿に行くことこそ「百聞一見にしかず」である。

 世間の人に言わせると学生時代は理想の時代であり、大学に進み4年目の3月某日を以って現実的時代へ急変するとか。もしこれが事実だとすれば1,2年の部員諸君は大いに理想を描き、部生活を正しくエンジョイすることである。そして最後までやり通す事により人生に於いて何かプラスになるものを持つ事が出来るものと思う。私もサラリーマンのマンネリズムに陥らぬ様、暇な時には極力日吉へテニスをしに行こうと思っている。そして一生テニスを続ける積りである。

 思い出すまま車中で書き流し纏まりのない文章になって仕舞った。本当に短い4年間ではあったが同じ釜の飯を喰って良き友を回想している窓の外を箱根の山々が東京差して矢の如く飛び去っている。唯感慨無量と言える今の気持ち。4年間に亘り御指導下さった先輩諸氏に心から御礼を申し上げたい。そして軟式庭球部の益々発展せられん事を祈りつつ筆を置く。

 

 

 

 

 

 

部員の結束を望む

諏訪 弘

 

 辛かった事も、苦しかったことも、皆楽しいと言う言葉であらわす事の出来る部生活。自分自信では結構楽しんだものの、他の人々に知らぬ間に御迷惑を掛けてきたかも知れません。然し、小生、1つの信念(信念らしきと言った方が良いかも知れません)を以って部生活を送って来た次第です。そしてこの様な考え方を残る部員諸氏が幾分でも持って下さればと思う訳です。

 高校に於ける部員生活を了えて塾軟式庭球部に入った時の印象は、大学の部生活とは、これ程クラブ化したものかと言う事です。そこで体育会と言う1つの共同体に対し今1度検討を加えた結果、1つの結論を出しました。即ち、体育会とは、伝統に基づいた1つの精神を持ちその精神に則った必要な約束事を有する組織であって、同好の士が集まり、各人の恣意のままにある程度その運営方針を変更せられると言う所謂「クラブ」ではない。この様な性格を持つ団体に属すると言う事は、その団体の精神に基づく約束を守る、具体的には、部員としての義務を充分に守り、この点に於いてはどの様な個人的な感情をも動かすことは許されないことである。そして、此の約束を守ることが出来ないか、又それに不満を持つ者は部生活に適さない者と考えてよい。この様な判断の下に小生は部生活を送って来たのですが、体育会に対する小生の考え方自体、又そういう考え方自体が良いか悪いかについては、諸兄の判断に任せるにしましても、団体生活の約束事、それが伝統に基づいている場合は、特に、納得できるものであり、果たさねばならぬと言うことを、諸君の頭の中に入れておいていただき度いのです。

 話すことが大分かたくなって恐縮ですが、普段チャラン・ポランなことばかり言っていましたので最後の機会と思って書かせていただきました。1部突入の願いを果たせぬのに苦言を呈しましたが、技術の面では現役諸君を期待しております。1つの精神の中に皆さんが結束すれば勝てますよ。頑張ってください。

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