句 読 法
   (パンクチュエーション)

                                部 長  米 田  治       

部報の原稿の依頼をうけた際、編集者から「何か面白いものを」との注文を受けた。そこで部報らしからぬ内容になるかもしれないが、最近読んだ書物から、学生諸君にも面白く思えそうな話題を次に取り上げてみる。
「今日は雨降る天気でない」、この予報を出しておけば、天気予報は外れっこないとよくいわれているところである。雨が降れば、「きょうは雨降る、天気でない」との趣旨だといえばよいし、晴れたら、「今日は、雨降る天気でない」のだといえばすむ。というわけである。
江戸時代の画人として著名な大雅堂、例の池ノ大雅にこの種の有名な逸話が伝えられている。彼はある時、薬屋の主人から風邪薬の看板を書いて下さいと頼まれた。よろしいと彼は即座にすらすらと、「風薬飲みて直らぬ風の薬」と題してやると、薬屋の主人は、「カゼ薬、飲みて直らぬカゼの薬。これでは困りますなァ」といった。大雅堂が言った。「カゼ薬飲みて直らぬカゼ、の薬だ」。
この看板は大当たりして、当の薬屋は大儲けしたという。
句読法(パンクチュエーション)の大切なことについては、外国にもいろいろ話がある。例えば、ある視学が学校へ参観に来た際、ある教師が授業で句読法についておろそかにしていた。授業の跡でその視学が注意して、“The inspector said the schoolteacher is an ass.”と書いて、これに句読をつけてみたまえといった。その教師は妙な顔をしたが、The inspector said, the schoolteacher is an ass.(視学はいった、教師は馬鹿だ)とコンマを入れた。するとその視学は同じ文章を書いて、“ The inspector, said the schoolteacher, is an ass.”(視学は―教師はいった―馬鹿だ)とコンマをいれて、「きみ、パンクチュエーションをいい加減にしてはいけないよ」。
同様の話にこんなのがある。ロシアの皇帝アレキサンダー3世の皇后がある日、皇帝の卓上を見ると、有名な政治犯の某名士の判決が、皇帝の画筆で書かれてそこに置いてあった。“pardon impossible, send to siberia”(赦すことはできない、シベリアへ送れ。)しかし皇后はこの政治犯に同情していた。そこで周りに人がいなかったのを幸いにペンをとり、コンマの位置をいれかえた。“pardon、 impossible send to siberia”(赦せ、シベリア送りはならぬ。)これでその政治犯の生命は助かったという。
最後のエピソードはあまりも話がうまくできすぎていて、歴史的事実として真偽のほどは不明であるが、1つのコンマの位置が、人の生命を左右するほどの重要な価値を有していることを、この話は示している。マスコミが異常に肥大化し、大量の言葉が四六時中電波にのり、活字となってわれわれに伝達されている現代社会ほど、言葉がないがしろに用いられている社会はない。パンクチュエー  ションの無視は、若い人に人気のあるディスクジョッキーと称するラジオ、テレビの番組をきいてみさえすればよい。そこではもはや言葉はパンクチュエーションのある、有意味的な内容を伝えるものではなくなってしまい、単なる音響の集塊であるように思える。心すべきことである。

 


基 本 に も ど れ
                         監 督  内 藤  享 佑
 

昭和58年度も、残念ながら、極めて遺憾とするところであるが、3部の泥沼を脱することなく終った。山中湖での春季関東リーグ戦へは、静岡の春合宿からの「2部復帰……」の横断幕を掲げ、灘主将以下部員全員が悲願の復帰をかけて臨んだのであるが、日頃の実力を発揮出来ず、惨敗した。そして、秋、都下小金井は、東京学芸大コートでの秋季関東リーグ戦では、今一歩のところ、勝点・勝組数三つ巴の中にあって、1ゲームの差で優勝を国学院大に譲ることゝなった。
春は大差で、秋は僅差でやぶれたのであるが、じつは、その中に、共通の重要な反省すべき点があった。この際、その1点を掘りおこして将来への足がかりとしたい。
一口に言って、春のリーグ戦では日頃の実力が全く発揮できなかった。固くなり、ちぐはぐな慎重さが目立ち、受身的なものが先行し、敵のペースで戦うことを余儀なくされていた。試合が始まる前、ウォーミング・アップのストロークを見た時、その受動的な一連の動作の中に、日頃の面影は毫もなく、我が目を疑うほどであった。
「打点をもっと前に(普通は“もっと引きつけて……”というところ)、そして思い切って振り切って……」と繰り返さざるを得ないところであった。結果は、東大と国学院大に勝って、最下位。入替戦は免れたものの、大敗であった。
「自分のテニスをする」という意味では、春と比べれば、様変わりの秋のリーグ戦ではあった。緒戦の国学院大戦ではミスが先行し、“1−4”と痛恨の1敗を喫したものゝ残る4戦は地力の差を見せるが如くして勝った。しかし、結果としては、国学院大、東京学芸大と共に3者同勝ち点、同勝組数という三巴となり、勝ゲーム数により順位を決することゝなった結果、僅か1ゲームの差で国学院大の優勝となった。正に、値千金の1ゲームであった。あそこで踏ん張れば、一押しすれば、もう1ゲームぐらい取れたのに、あのゲームも落とさずに済んだのに……そうすれば!……とその1ゲームが恨めしかった。
日頃の練習コートでの技倆が、本番の試合で発揮できるよう、練習のための練習ではなく、試合のための練習、常に、目的を持ち、自らに、厳しい目標を課し、自らを緊張の極限におきながらの訓練、1球1打が1ポイントをなし、1ポイントがゲームを、ゲームがセットをなし、勝負の運命を制することは、誰しもが知るところである。1球、1ポイントを疎かにせず、常に執念がこめられた1球、1ポイントの積み上げこそが、勝利への前提である。前者と同様、日頃の、毎日の練習での心掛け、1球、1ポイントを大切に、常に1球、1ポイントに執念をこめての毎日の練習。いずれも勝負に臨むものにとって、もっとも基本的な訓練、心掛け、である。
果たして我が部の部員にその心掛けの重要性が、充分認識され、そのような訓練が行われていたであろうか?若し、行われていたならば、春のリーグ戦では日頃の実力が発揮され、あのような大敗はなく、そして秋に、あの1ゲームに泣くことはなかった筈である。
試合で1ゲームに泣く前に、試合に負けて泣く前に、練習で泣こう!
この機会に、もう一度、昨年度の春のリーグ戦で大敗して泣き、秋のリーグ戦で1ゲームに泣いた、その苦しい、しかし、貴重な体験を脳裏に刻み込み、前述の基本的な訓練と心掛けが、勝負に臨むものにとって最も重要なものであることを再認識し、実行しよう。1球,1ポイントに総てをかけよう。
“この1球は絶対無二の1球なり、されば心身を挙げて1打すべし、この1球1打に技を磨き体力を鍛え精神力を養うべきなり、この1打に今の自分を発揮すべし、これを庭球する心という”
(福田雅之助)
この心を以って、毎日の練習に臨むことこそ、全日本制覇への第1歩である。

 

 


特 別 企 画
…こ の 人 に 聞 く …
「負けには必ず原因がある」   
          
       昭和36年卒(ゼネラル石油)
                          村 井   靖

「勝負には幸運で不思議な勝ちはあるが、不思議な負けはない。負けには必ず原因がある」
己のテニス人生を振り返って見るとき、勝負の綾を見事にいい当てている言葉であると思う。
確かに、今でも思い出すことができる感動的な勝利には、自分でも信じられないいくつかの不思議さがあった。
 どうしてあんな強い相手に勝ったのだろう。
 どうしてあんな奇跡的な挽回ができたのだろう。
一方、負け方はどうだろうか。
自分の力を出し切って敗れても悔いが残らないようなさわやかな負け試合があっただろうか。残念ながら記憶にない。ほとんどの負けが持っている力を出し切れず、己の弱さを悔やんだものが多かった。
テニスに限らず対戦相手のあるスポーツでは、いかに相手の弱点を攻撃するかということが試合の進め方の最大のポイントとなる。従って、負けの原因の大部分を占める自分の悪いところ弱いところを直さない限り進歩はない。
春の関東リーグで1部のゲームと3部のゲームを見くらべる機会があった。
一番、目に付いた違いは、後衛の足の速さの差であった。とにかく1部の連中はボ−ルのところへ行って、構えるスピードが速い、だから凡ミスも少ないしラリーもつながり、前衛も生きる。
ごく当然のことだが3部の連中にはこれが出来ない。だから自滅して負ける。
こんなかんたんでわかりやすい負けの原因があるのにそれがなかなか直らない。
合宿でも日頃の練習でもランニングはやっている。しかし試合になると、まるで足がクギづけになっているような感さえある。何故だろう。自分の欠点であるとはっきりと認知していないからではないだろうか。己の弱いところを速く見付けて、練習によって少しづつこれを直す。この繰り返しをやらない限り強くはなれない。
今年は、何年ぶりかで有望な3人の前衛が入って来た。彼らは育て方によっては一流選手になる資質を持っている。これを生かすも殺すも、一に、後衛の足の速さにかかっているといっても過言ではない。



 

「現役諸君へ 心・技・体・タクティクス」
               昭和54年卒(久保田鉄工)
                      小 林 完 爾

毎日毎日練習しているのに、なかなかうまくならない。強くならないと、お嘆きのあなたへ、自分自身のことはさておき、僭越なるアドバイスを送ります。
さて、あなたは、自分では毎日毎日一生(所)懸命練習していると思っていますが、そのやり方は間違っていませんか? あなたの汗は、コートの肥やしになっているだけではありませんか? およそ、どのスポーツでもそうであるように、軟式テニスを構成する要素は、心・技・体・タクティクスに大別することができます。それぞれについて、あなたは、日大や日体大(今では早大も)の選手以上に努力していますか?
先ずは心。常に勝負に対する飽くなき執着心を持っていなければなりません。そのためには、負け試合の後、自分自身に対してノーイクスキューズ(言訳無用)であることです。「今日は調子が悪かったから……」とか、「(自分の)前衛が下手くそだったから……」とか、「風が吹いていたから……」とか、「(校内の練習試合で)重要な試合でなかったので、いつもと違うやり方を試してみたから……」とか、とにかく、人間は知らず知らずのうちに、自分自身に対して言訳を考えてしまうものですが、その全てをやめることです。そして、テニスに限らず、麻雀でもパチンコでも勝負事においては常に勝とうとする意欲を持つことです。「強いから勝つのではない。勝つから強くなるのだ。」という言葉があります。どんな勝負事でも、どんな小さな試合でも、どんな手段を用いても、勝つことです。   勝つことによって自分自身に自信が生まれるだけではなく、第三者に「彼は強い選手だ」と思ってもらえます。そしてそう思ってもらっていれば、その第三者と対戦した時、相手はビビッてくれます。 (このことはスポーツ心理のブーメラン効果と言います。) あなた、逆の立場のことを、よく経験しているでしょ。
次に技。よく基本が大切だと言われるが、大学のテニスにおける基本とは何か、ということをもう一度考え直して欲しいものです。決して、乱打や正面ボレー、ランニングボレーの練習が基本ではない。基本とは、試合中多くおこる場面の練習である。例えば後衛であれば、試合中はロブを上げるのに、練習では何故ロブの練習をしないのか? 試合ではすぐレシーブアタックへいくくせに、何故練習ではクロスばかり返しているのか? 試合では順クロスや右ストレート打ち合いでミドルを攻められミスばかりしているのに、何故その場面をピックアップして練習しないのか? 前衛の方では、試合では圧倒的に、順クロスのポーチと右ストレートのパス取りが多いのに、練習では満遍なく4コース、ランニングボレーしないと満足できない。不安である。これは、「ポーチだ」とか、「パス取りだ」とか意識して練習しているのか? 試合ではベースライン近くまでロブを追うのに、何故練習ではサービスラインまでしかスマッシュ練習しないのか? 練習もしていないことが、試合で出来る訳がない。できたとしても、まぐれにすぎない。
それでも、「私は一生(所)懸命練習しているのに……」という方へ一言。例えば、自分がねらい通りのショットを打てた場合1点、ミスした時は、下手になる練習をしたのと同じだから、マイナス   1点とすると、あなたは今日、何点うまくなったでしょう? ひょっとするとマイナス点で、昨日より下手になっているかも知れませんよ。
さて次は体。体は体力。一般的に、軟式テニスほど、オフシーズンはともかく、シーズン中にトレーニングを行わないスポーツもないのではないか。他のスポーツでは、シーズン中でも、練習の3割から4割は体力づくりである。スタミナがなくなると試合中でも集中力がなくなる。試合中にずっと集中していられるだけのスタミナはあるのか。次に、グランドストロークにおいて1番大切な、打ち負けないための膝と打球のスピードを生み出すリストの強化である。(ボールのスピードの根源については、腰の回転だと言う説もあったが、どうやら手首の返しのスピードにボールのスピードは比例すると言うのが真相らしい。)そして、機敏な動きをするために、ストップダッシュを、柔軟性を増すために、ストレッチをもっとやって欲しい。
最後にタクティクスである。昭和57年6月に慶應が屈辱の3部落ちをした時、相手の筑波に素晴しいタクティクスのペアがいた。名前は忘れたが、サウスポーの後衛の逆のクロスのボールを生かすために、レシーブゲームで前、後衛が入れ替わったサイドでレシーブをするというペアであった。
慶應は、あらゆるスポーツにおいて、日本の先駆者であり、戦略についても先駆者であった。あなたも、沈滞している現在の軟式庭球のフォーメイションにとらわれず、全く新たなタクティクスを考え出してください。他人と同じことをやっていたらいつまでたっても勝てません。あなたが先駆者なのです。
現役諸君が4年間テニスに打ち込んで、充実した大学生活を送られることを期待しつつ、筆をおきます。


 

 

 

軟 式 テ ニ ス で 得 た も の
        明治大学軟式庭球部
          主将 洌 崎   満
 私は軟式テニスを行う上で、目的としていることが二つあります。一つはテニスの技術を磨くこと。もう一つは社会に出ても通用するような人間形成を目指すことです。
私は常にその二つのことを目標にして練習してきました。その結果、大学の合宿生活の中で体得した確かなものとしては、厳しさに耐える能力、信頼関係、人間的な結びつき、チームワーク、思いやりなどです。そういったことが自分のこれからの人生に非常にプラスになるのではないかと思います。大学で好きなテニスができて、さらに、いろんな教訓が身につくのですから、こんなにすばらしいことはありません。
しかし、大学ではテニスは副業であって、学生の本業は勉学です。学生であり体育会の一員である私たちにとっては、特に勉強とスポーツの両立を目指さなければなりません。
私が慶応大学のみなさんと接してきて見習わなければならないと思ったのは、慶応大学のみなさんは、勉強とスポーツを両立させて、真の意味での学生生活を送っているように思えることです。私などは、どうもテニスに片寄りがちで、今さらながら反省している次第です。
ところで、私たちは体育会に所属し、好きなテニスをやる以上、勝つことが目的です。そのための毎日苦しい練習に耐えているのです。私たちがよく監督やコーチから言われることは、勝利を得るには人一倍苦労しなければならないということです。自分から困難なことに立ち向かうのは容易なことではありませんが、少しでもそういう方向にもっていくよう頑張って行きたいと思います。
最後になりますが、慶応大学の皆さんとは、六大学リーグ戦では敵であり、関東リーグ戦やインカレなどでは、お互い応援しあう仲でもあります。そういったことで、これからも交友関係を深めると共に、東京六大学のレベルアップのために全力を尽くして頑張ろうではありませんか。



 
   

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