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| 氏名 |
江村 出
EMURA Izuru |
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| 役割 |
副将&HP編集委員長 |
| 出身県 |
岐阜県 |
| 出身校 |
多治見北高→ |
| 入試方式 |
一般受験(数学 小論文) |
| 学部学年 |
総合政策→環境情報 |
| ポジション |
後衛(高校まで)→前衛 |
| 入部動機 |
中学の頃の顧問が好きだったからもっと続けてみようと思った。 |
| 癖 |
調子いいと油取り紙は3倍吸収で一気に4枚とれる超アブラギッシュ! 蚊によくさされるタイプのようです。 |
| 自己PR |
セイント星矢の読みすぎでクサイセリフが定着し、なぜかクサイの代名詞になってしまった最近。ホントは無色無臭です。ストパーかけてモッサリさも消えました。なぜかアマノと(名前を)間違えられます、なんででしょう!?運の悪さは日本一、でもマイナス思考で日々精進しています。 |
| 戦績 |
個人 |
団体 |
| ジュニア |
小学生の時はチェロを弾いてました(海外演奏経験)ソフトテニスは中学から。 |
| 中学 |
岐阜県2位
東海大会出場 |
地区1位
岐阜県4位 |
| 高校 |
地区3位
岐阜県ベスト32 |
岐阜県4位
東海大会出場 |
| 大学 |
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六大リーグ戦9戦4勝 |
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| 卒業にあたって |
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4年間を振り返り、「日々の積み重ね」というありきたりな言葉の重要性に再度気づかされました。部員一人一人の努力や意気込み等を日々感じとりながら、長いスパンを通して成長していく過程を見てきました。一日一日を大切にし、努力を積み重ねた者はそれに相応しい技術を獲得していると思います。自分には能力がないとか結果が出ないと悩む人も多いと思いますが、この4年間で日々の積み重ねが確実に成長につながるのだという確信を持ちました。そう信じてコツコツできる者が最後に笑えることができると思います。努力をすることは能力ではなく誰でもできることです。これから私は社会人として何度も壁に当たるとは思っていますが、この経験を活かし、まずは途中で諦めることなく着実にステップアップすることから始め、自分の掲げた「ゴール」に到達したいと考えています。 |
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| 氏名 |
川崎 拓也
KAWASAKI Takuya |
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| 役割 |
2005年主将、六連理事 |
| 出身県 |
東京都 |
| 出身校 |
私立城北高→ |
| 入試方式 |
一般受験(英語 物理 化学 数学) |
| 学部学年 |
理工 |
| ポジション |
前衛 |
| 入部動機 |
慶應のソフトテニス部の雰囲気が気に入ったので。 |
| 癖 |
ついストイックになってしまう!ついがたいのいい人の筋肉を見てしまう! |
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『努力した者が全て報われるとは限らん。しかし!成功した者は皆すべからく努力しておる。最後は、キサマが積み上げたモノが拳に宿る!!』by鴨川会長 |
| 戦績 |
個人 |
団体 |
| ジュニア |
小学生の時やっていたスポーツは水泳。ソフトテニスは中学から。 |
| 中学 |
東京都私学3位 |
東京都大会16位 |
| 高校 |
東京都大会ベスト16
関東大会出場 |
東京都6位 |
| 大学 |
東日本学生ベスト32
六大選手権ベスト16
慶應オープン優勝 |
関東リーグ戦11戦4勝
六大リーグ戦18戦6勝
インカレベスト32
関東大学対抗ベスト16 |
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| 卒業にあたって |
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振り返ってみると入学からの4年間というのはあっという間であった。1年生の新入生歓迎会で林先生が当時の新入生である私達に「4年間必死でテニスに打ち込みなさい。好きなことを4年間頑張れない人が社会に出て何が出来る!」と激励して下さった事がつい最近のように感じる。当時の私はその言葉に刺激を受け、それ以来自分なりに精一杯テニスに打ち込んだ。大学の思い出といったらソフトテニス部での思い出しかないほどだ。もちろん、テニスをやってきてうまくいかずに苦しんだ事もたくさんある。でもそれを乗り越えてきたという経験が今の自分の糧になっているのだと思う。これからは、胸を張って慶應義塾体育会ソフトテニス部出身と言えるように、大学時代の経験を活かし立派な社会人になれるように精進していきたい |
| 氏名 |
清水 俊輔
SHIMIZU Syunsuke |
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| 役割 |
用具注文係 |
| 出身県 |
神奈川県 |
| 出身校 |
栄光学園高→ |
| 入試方式 |
一般受験(英語 数学 小論文) |
| 学部学年 |
経済 |
| ポジション |
後衛 |
| 入部動機 |
うまくなれる気がしたから |
| 癖 |
独り言
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| 自己PR |
頑張ります。 |
| 戦績 |
個人 |
団体 |
| ジュニア |
ソフトテニスは中学から。 |
| 中学 |
神奈川県ベスト32 |
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| 高校 |
神奈川県ベスト16 |
神奈川県8位 |
| 大学 |
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関東リーグ戦11戦4勝
六大リーグ戦15戦8勝 |
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| 卒業にあたって |
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現在会社にて研修を受けておりますが、正直何に役立つのか皆目わかりません。5月からの配属によっては社会人としての能力と蘇陽の上昇を目指したい今日この頃です。
と申しますのも、4年間部活に在籍しておりましたが、巧くなるという実感が私にとって貴重な経験且つ必要な要素だったからです。
こういった体験をさせてくれた部活にはとても感謝致しておりますし、今後とも仕事を中心にこの経験を大切にしていきたいと考えております。
また今後は現役のサポートとして部活に顔を出せたらいいなと考えています。今後ともよろしくお願いします。 |
| 氏名 |
瀬戸 優和
SETO Masakazu |
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| 役割 |
2005年主務 |
| 出身県 |
広島県 |
| 出身校 |
福山誠之館高校→ |
| 入試方式 |
一般受験(英語 数学 小論文) |
| 学部学年 |
経済 |
| ポジション |
前衛 |
| 入部動機 |
当時の主務の村上さんから入学前に電話がきて、その勢いで。 |
| 癖 |
人に優しくする。「ですね」と言う。 |
| 自己PR |
地元を愛する広島生まれの瀬戸優和です。得意技はカニばさみです。T.K君にもこれで屁をこかせました。希望者はもれなく締めあげます。 |
| 戦績 |
個人 |
団体 |
| ジュニア |
ソフトテニスは中学から。 |
| 中学 |
広島県ベスト16 |
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| 高校 |
広島県3位 |
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| 大学 |
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| 卒業にあたって |
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最も印象に残っているのは合宿や遠征での夜だ。ここではさまざまな肉体戦がおこなわれる。それは時には上下関係を越えたものもあるが、それによって同期や先輩後輩の潤滑油にもなる。まさに同じ釜の飯を食った仲となる。
勝利という結果を求めた場合、チームワークは全体のモチベーションの大きな決定要因であるし、よって最も重要なもののひとつだ。そのチームワークはこういった場面で強くなる。
とにかく合宿や遠征は楽しい思い出となった。 |
| 氏名 |
倉橋 沙季
KURAHASHI Saki |
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| 役割 |
2005年主務 |
| 出身県 |
埼玉県 |
| 出身校 |
実践女子学園高 |
| 入試方式 |
文学部自己推薦 |
| 学部学年 |
文 |
| ポジション |
後衛 |
| 入部動機 |
大学でもテニスがやりたかったし、勉強もそれなりにやりたかった。あと、高校のテニス部の顧問の先生が慶應でこの部のOBだったので、高校の時から何度か慶應の大学生と練習をさせてもらう機会があり、雰囲気が気にいりました。 |
| 癖 |
恥ずかしくなると髪の毛をやたらさわる。硬式の選手みたいにサーブを打つ前ボールを2,3回つかないと気がすまない。(これは癖と言うか分からないけど)遅刻魔。 |
| 自己PR |
私、倉橋沙季は負けず嫌いなうえに泣き虫です。だから自分の力がだせない時はすぐ泣いてしまいます。でもくじけそうになってもテニスは大好きだから頑張れます。『1に勉強、2にテニス』が今の私のテーマです。 |
| 戦績 |
個人 |
団体 |
| ジュニア |
ソフトテニスは中学から。 |
| 中学 |
東京都私学大会3位 |
東京都大会ベスト16 |
| 高校 |
東京都国体選考ベスト32
東京都城南地区3位 |
東京都インドア大会予選ベスト16
東京都インドア大会出場 |
| 大学 |
東京六大学ベスト8 |
関東リーグ戦20戦10勝
六大リーグ戦11戦 7勝 |
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| 卒業にあたって |
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高校3年生の時に先輩たちに憧れて、慶應のソフトテニス部に入って4年間本当にあっという間でした。初めてのリーグ戦では同期の高橋と組んで全勝できてとても嬉しかったです。
また、2年生の春うリーグでは二部で3勝できたことが自信につながりました。しかし、就職活動と両立できなかったり、精神的に弱い自分にいらだったりと苦しい時期もありました。
それらを全部ひっくるめていい思い出です。これからはOGとして、積極的に現役を支えていきたいと思います。最後に林先生、八木先生、および内藤会長をはじめ三田倶楽部OBOGの皆様にはいたらない私にご指導ご鞭撻をいただき、大変感謝しております。これから三田倶楽部の一員として努力してまいりますので、よろしくお願い致します。 |
| 氏名 |
高橋 若菜
TAKAHASHI Wakana |
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| 役割 |
2005年主将 |
| 出身県 |
兵庫県 |
| 出身校 |
加古川西高 |
| 入試方式 |
AO入試 |
| 学部学年 |
環境情報 |
| ポジション |
後衛 |
| 入部動機 |
本当は大学に入ってからはテニスはやらないと心に誓っていたんですけど、熊本インターハイで慶大ソフトテニス部の先輩方に勧誘され、AO入試を受けてみたら合格し、流れ的にやることになってしまいました。そんな成り行きまかせな理由から入部した私ですが、再びソフトテニスはまってしまっている今日この頃です! |
| 癖 |
料理に檸檬の種が入っていたりなどの些細な、かなり意外なことにこだわるとこ。←出口裕子談。相づちをうつ時に「あ、そう」と言うとこ。 |
| 自己PR |
副将してます。だから連絡網2番目に回ってきます(−_−☆キラり今年はいよいよ2部スタートであり、部員も少ないので、自分の役割に責任をもってテニスに励みたいと思いまーす。 |
| 戦績 |
個人 |
団体 |
| ジュニア |
小学生の時やっていたスポーツは陸上とバレーボール。ソフトテニスは中学から。 |
| 中学 |
兵庫県優勝
近畿大会5位
全国大会出場 |
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| 高校 |
兵庫県5位
近畿大会出場
インターハイ出場 |
兵庫県ベスト4 |
| 大学 |
関東学生2部リーグトーナメント3位 |
関東リーグ戦20戦14勝
六大リーグ戦 9戦 5勝 |
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| 卒業にあたって |
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大学でのテニスを振り返ってみて思うのは、最も苦労したことも最も楽しく刺激的だったのも「自分で考えてテニスをする」ことでした。体育会
の活動を通して、自分とは違う経験、考えを持った方々と向き合うことで、自分自身の考えの幅も大きく広がり、以前より柔軟な思考ができるようになりました。
4月から社会人になりましたが、これからも自分で考えることをベースに、多くの方々と意見を交え、刺激的な毎日を送りたいと思います。 |
| 氏名 |
出口 裕子
DEGUCHI Yuko |
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| 役割 |
2005年副将 |
| 出身県 |
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| 出身校 |
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| 入試方式 |
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| 学部学年 |
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| ポジション |
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| 卒業にあたって |
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頑張っている自分に酔っていてはだめ」先輩から言われたこの言葉は、大学4年間の部活で一番心に響いた言葉です。私は高2のインターハイに出場した後のブランクを
埋めるために我武者羅に練習していました。高校とは全く違う環境の中、目標を持たずにただ練習をこなしていたように思います。先輩の 言葉は私の甘えや弱さに気付かせてくれるものでした。
同時に、自由な環境は、いかに自分の意志を持っているかが試される場だと実感しました。 「自分で考えて行動する。」この一見当たり前なことが、一番難しく一番大切なことを、4年間で学びました。今、私は新しい環境に身をおき、日々
勉強の毎日です。知らないことばかりでついていくのに必死ですが、大学時代に学んだことを実践していきます。新入社員にマイペースはありません。常に
努力し続け、自分自身を磨き、成長していきたいと思います。 |
| 氏名 |
吉田 花梨
YOSHIDA Karin |
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| 役割 |
2004年主務
六連理事 |
| 出身県 |
東京都 |
| 出身校 |
実践女子学園高 |
| 入試方式 |
一般受験(英語 生物 小論文) |
| 学部学年 |
看護医療 |
| ポジション |
後衛 |
| 入部動機 |
部活の雰囲気が好きだから。テニスできなくても部活に貢献できることがあるから。テニス好きだから。 |
| 癖 |
勝負顔をすること |
| 自己PR |
こんにちは☆昨年末から久しぶりにテニスをするようになりました!ただいま暇人なんで、頑張ってテニス上達させて達人になります。部の仕事も沙季ちゃんを支えることを誓います。よろしくお願いします('-^*)/
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| 戦績 |
個人 |
団体 |
| ジュニア |
小学生の時やっていたスポーツは水泳。ソフトテニスは中学から。 |
| 中学 |
東京都私学大会5位 |
東京都大会ベスト32 |
| 高校 |
東京都城南地区5位 |
あまり活動していない |
| 大学 |
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| 卒業にあたって |
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この部活で学んだ事、楽しい思い出がたくさん出来ました。また、他の大学生に出来ない貴重な経験やつながりを持てたので、自分をすごく幸せ者だと思います。社会人になることに不安もありますが、明るく笑顔で仕事をし、部にも関わっていけたらいいと思っています。
そしてこれから先にあるライフイベントを思いっきり楽しんでいくことが私の人生目標です。今後ともよろしくお願いします。 |
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